退去費用で払わなくていいもの一覧 -- ガイドラインに基づく具体例と対処法

監修

賃貸リフォーム研究所 編集部

原状回復・退去費用の専門メディア

賃貸物件の原状回復・退去費用トラブルに関する正確な情報発信を行う編集チーム。国土交通省ガイドラインや民法の規定に基づき、退去者・管理会社双方の視点から解説記事を制作。

退去時の請求書を見て「この費用、本当に払う必要があるの?」と疑問を感じた経験はないでしょうか。壁紙の変色、家具を置いていた跡、画鋲の穴。こうした日常生活で自然に発生する損耗は、国土交通省のガイドラインでは「貸主負担」とされており、借主が支払う必要はありません。

しかし実際には、本来貸主が負担すべき費用まで借主に請求されるケースが後を絶ちません。国民生活センターの統計では、賃貸住宅の原状回復に関する相談件数は年間1万件を超えています。

この記事では、国交省ガイドライン(正式名称: 原状回復をめぐるトラブルとガイドライン)と民法の規定に基づいて、退去費用で払わなくていいものを場所別に一覧で整理します。払う必要がある費用との境界線、不当請求を受けたときの具体的な対処法も解説します。

退去費用の基本 — 原状回復とは何か

退去費用の話をする前に、「原状回復」の正しい意味を押さえておく必要があります。

原状回復とは「入居前の状態に戻すこと」ではありません。民法621条では、原状回復義務について「通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く」と明記しています。つまり、普通に住んでいて自然に発生する劣化(通常損耗・経年劣化)は原状回復の対象外です。

国交省ガイドラインでも、損耗を以下の2つに区分しています。

A区分(貸主負担): 経年変化および通常の使用による損耗。賃料に修繕費が含まれているため、退去時に借主へ請求できません。

B区分(借主負担): 借主の故意・過失、善管注意義務違反、通常の使用を超える使用による損耗。

退去費用で「払わなくていいもの」は、このA区分に該当する損耗です。

払わなくていいもの一覧 — 場所別ガイドライン対照表

国交省ガイドラインの別表1に記載されている「貸主負担」の項目を、場所別に整理します。以下はすべて通常損耗・経年劣化に該当し、借主が負担する必要はありません。

壁・天井(クロス)

払わなくていいものガイドラインの根拠
日照による壁紙の変色・退色経年変化(A区分)
テレビ・冷蔵庫の背面の電気ヤケ(黒ずみ)通常の使用による損耗(A区分)
画鋲・ピン程度の穴(下地ボードの張替え不要なもの)通常の使用による損耗(A区分)
ポスターや絵画の跡通常の使用による損耗(A区分)
エアコン設置によるビス穴・跡通常の使用による損耗(A区分)

壁紙は入居から6年で残存価値が1円になるため、入居6年以上であれば故意・過失による損傷であっても借主負担はほぼゼロです(ガイドライン別表2)。壁紙の費用について詳しくはクロス張替え費用ガイドを参照してください。

床(フローリング・カーペット・畳)

払わなくていいものガイドラインの根拠
家具の設置によるカーペットや床のへこみ・跡通常の使用による損耗(A区分)
フローリングのワックスがけ維持管理の範疇(A区分)
畳の裏返し・表替え(破損がない場合)次の入居者のための化粧直し(A区分)
日照による床の色あせ経年変化(A区分)
椅子のキャスターによる軽微な跡通常の使用による損耗(A区分)

フローリングの損傷範囲が広く全面張替えとなる場合は、建物の耐用年数(木造22年、RC造47年等)で経年劣化控除が適用されます。部分補修の場合は経過年数が考慮されない点に注意してください。フローリングの費用ルールはフローリング補修費用ガイドで詳しく解説しています。

水回り(キッチン・浴室・トイレ)

払わなくていいものガイドラインの根拠
浴槽の経年的な変色・くすみ経年変化(A区分)
給湯器など設備の経年劣化・自然故障貸主の維持管理責任(A区分)
パッキンの劣化による水漏れ設備の自然劣化(A区分)
便座の変色経年変化(A区分)

キッチン・浴室・トイレなどの設備は耐用年数15年が適用されます。ただし入居者の使い方に問題がなく、経年で自然に劣化したものであれば、耐用年数にかかわらず貸主負担です。

建具・その他

払わなくていいものガイドラインの根拠
網戸の張替え(破損がない場合)次の入居者のための化粧直し(A区分)
全体のハウスクリーニング(通常の清掃をしていた場合)次の入居者のための化粧直し(A区分)
鍵の交換(紛失していない場合)入居者入替に伴う物件管理費(A区分)
照明器具の経年劣化経年変化(A区分)
エアコンの内部洗浄(通常使用の範囲)維持管理の範疇(A区分)

鍵の交換は防犯上の理由で入居者が変わるたびに行うものであり、貸主の管理費用です。紛失・破損した場合のみ借主負担となります。

ハウスクリーニング代は払わなくていいのか

ハウスクリーニングの費用は、退去費用のなかでもトラブルになりやすい項目です。

ガイドラインの原則としては、借主が通常の清掃(退去時の掃除)を行っていれば、プロのハウスクリーニング費用は貸主負担です。次の入居者のための清掃は、入居者入替に伴う物件管理の一部と位置づけられています。

ただし、多くの賃貸借契約には「ハウスクリーニング費用は借主負担とする」という特約が含まれています。この特約が有効になるには、以下の3つの要件を満たす必要があります(最高裁判例 平成17年12月16日)。

  1. 特約の必要性があり、かつ、暴利的でない客観的・合理的理由が存在すること
  2. 借主が特約によって通常の原状回復義務を超えた修繕等の義務を負うことを認識していること
  3. 借主が特約の義務負担の意思表示をしていること

契約書に金額の記載がなく「実費精算」とだけ書かれている場合や、相場を大きく超える金額が設定されている場合は、特約が無効と判断される可能性があります。ハウスクリーニング特約の詳しい有効要件はクリーニング特約の解説を参照してください。

特約で払う義務が生じるケースと無効になるケース

賃貸借契約の「特約」は、ガイドラインの原則を上書きする力を持っています。しかし、すべての特約が有効になるわけではありません。

有効とされやすい特約

契約書に具体的な金額や範囲が明記されており、借主が契約前に内容を理解して合意している場合は、特約は有効と判断されやすくなります。

たとえば「退去時のハウスクリーニング費用として3万円を借主が負担する」という特約は、金額が明確で相場の範囲内であれば有効とされるケースが多いです。

無効とされやすい特約

金額の定めがない包括的な特約や、借主に一方的に不利な内容は、消費者契約法10条により無効と判断される可能性があります。

「退去時の原状回復費用は一切借主が負担する」「自然損耗を含むすべての修繕費用は借主負担とする」といった包括的な文言は、借主の利益を一方的に害するものとして無効になり得ます。

特約の有効性に疑問がある場合は、契約書の該当箇所を手元に用意したうえで、消費生活センターに相談してください。

法律の根拠 — 民法改正とガイドラインの位置づけ

「払わなくていいもの」の法的根拠を確認しておきます。

2020年民法改正(民法621条)

2020年4月施行の改正民法621条では、原状回復義務の範囲が条文に明記されました。

「賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に回復する義務を負う。」

この条文により、通常損耗と経年変化は原状回復義務の対象外であることが法律上も明確になっています。

国交省ガイドラインの位置づけ

国交省ガイドラインには法的強制力はありません。裁判所が判決を出す際に「参考」として用いるものです。ただし、実際の裁判例ではガイドラインに沿った判断がなされることが大半であり、事実上の基準として機能しています。

管理会社との交渉においても、ガイドラインの該当箇所を示すことで説得力が増します。「ガイドライン上は貸主負担の項目です」と伝えるだけで、管理会社が請求を取り下げるケースは少なくありません。

ガイドラインの具体的な読み方・活用方法は国交省ガイドライン解説で解説しています。

逆に「払う必要がある」退去費用

「払わなくていいもの」との境界線を明確にするために、借主が負担すべき費用も整理します。

故意・過失による損傷

壁に空けた釘穴やネジ穴(下地ボードの張替えが必要なもの)、飲み物のシミを放置して生じた床の変色、引っ越し作業で傷つけた壁や床。これらは借主の故意・過失にあたり、修繕費用は借主負担です。

タバコのヤニ汚れ

室内での喫煙によるヤニ汚れや臭いは、通常の使用による結果とはいえないとガイドラインに明記されています。当該居室のクロス全面張替えが借主負担になります。

ペットによる損傷

ペットの爪による柱やクロスの傷、排泄物による床の変色・臭い。ペット可物件であっても、ペットが与えた損傷は借主が負担します。

善管注意義務違反

結露を放置して発生したカビの拡大、水漏れを管理会社に報告しなかったことによる被害の拡大。借主には「善良な管理者の注意をもって」物件を使用する義務があり(民法400条)、この義務に違反した場合は借主負担となります。

払う必要がある費用であっても、経年劣化控除が適用されることを忘れないでください。たとえばタバコのヤニ汚れでクロスを全面張替えする場合、入居4年なら借主負担は約33%、入居6年以上なら実質ゼロです。経年劣化控除の計算方法は原状回復の負担割合ガイドで詳しく解説しています。

退去費用の見積書で不当請求を見抜くチェックリスト

退去費用の見積書が届いたら、以下のポイントを1つずつ確認してください。

通常損耗が借主負担にされていないか

上記の一覧表に該当する項目が見積書に含まれていたら、ガイドラインを根拠に貸主負担であることを伝えてください。見積書には「クロス張替え」「クリーニング」としか書かれていない場合もあるため、「この張替えは日焼けによる変色に対するものか、借主の過失による損傷に対するものか」を確認することが重要です。

経年劣化控除が反映されているか

入居3年以上であれば、クロスやカーペットなどの耐用年数6年の部材は確実に控除が入るはずです。「クロス張替え 5万円」と新品交換の費用がそのまま記載されていたら、入居年数に応じた控除を反映するよう求めてください。

「一式」表記で明細がないか

「原状回復費用 一式 30万円」のような記載は、各項目の妥当性が判断できません。部位別・単価別の明細を請求する権利が借主にはあります。

張替え範囲が適切か

クロスの張替え範囲は、毀損箇所を含む一面分(壁1面)が借主負担の上限です。1箇所の傷で部屋全体の張替え費用が請求されていないか確認してください。

不当請求を受けたときの対処法

見積書を確認して不当請求が含まれていると判断した場合の対処法を、段階別に解説します。

Step 1: 退去立ち会い時にサインしない

退去立ち会い時に「この金額で承諾します」というサインを求められることがあります。その場でサインする義務はありません。「内容を確認してから回答します」と伝え、見積書を持ち帰ってください。

Step 2: ガイドラインを根拠に書面で交渉する

交渉は電話ではなくメールなど記録が残る方法で行います。「国交省ガイドラインの別表1によれば、この項目は通常損耗に該当し貸主負担です」と、具体的な根拠を示して1項目ずつ指摘してください。

交渉の具体的な文例や進め方は退去費用の交渉方法ガイドで解説しています。

Step 3: 消費生活センターに相談する

管理会社との交渉がまとまらない場合は、消費生活センター(消費者ホットライン 188)に相談してください。相談員が間に入って管理会社とのあっせんを行ってくれることもあります。相談は無料で、電話だけでなく来所での相談も可能です。

Step 4: 法的手段を検討する

60万円以下の返還請求であれば少額訴訟が利用できます。少額訴訟は原則1回の審理で判決が出るため、弁護士をつけずに進めることも可能です。詳しい手続きは敷金返還の少額訴訟ガイドを参照してください。

60万円を超える請求の場合は通常訴訟となります。法テラス(0570-078374)では収入要件を満たせば弁護士への無料法律相談が利用できるため、訴訟の見通しを確認してから判断してください。

退去前にやっておくべき3つの対策

請求が来てからの対処だけでなく、退去前の準備で不当請求を防ぐことができます。

入居時の写真・動画を残しておく

入居時に部屋の状態を写真や動画で記録しておくと、退去時に「入居前からあった傷か、入居中にできた傷か」を客観的に証明できます。撮影日がわかるよう、タイムスタンプ付きで保存してください。すでに退去が迫っている場合でも、退去立ち会い前に現状を撮影しておくことには意味があります。

契約書の特約を確認する

退去の連絡をする前に、契約書の原状回復に関する特約を読み直してください。ハウスクリーニング特約の金額、特別な負担条項の有無を事前に把握しておくことで、見積書の内容を冷静に判断できます。

退去立ち会いに備える

退去立ち会いには、入居時の写真、契約書、国交省ガイドラインのコピーを持参してください。指摘された損耗が「通常損耗か故意・過失か」をその場で確認し、納得できない項目はその旨を伝えておくことが大切です。

敷金との関係 — 払わなくていい費用を差し引かれた場合

敷金を預けている場合、退去費用は敷金から差し引かれて精算されます。しかし、払わなくていい費用まで差し引かれていれば、その分は返還を請求できます。

敷金の返還請求には時効があります。2020年の民法改正により、敷金返還請求権の消滅時効は「権利を行使することができることを知った時」から5年、「権利を行使することができる時」から10年です(民法166条)。退去後に時間が経っていても、時効期間内であれば返還を求めることは可能です。

敷金返還の手続きについて詳しくは敷金が返ってこないときの対処法を参照してください。

出典: 国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」(2011年8月)、民法400条(善管注意義務)、民法621条(賃借人の原状回復義務)、民法166条(債権等の消滅時効)、消費者契約法10条


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出典・参考文献

よくある質問

退去費用で借主が払わなくていいものは何ですか?
通常の使用で自然に発生する通常損耗や経年劣化は、借主が払わなくていい費用です。民法621条でも、通常使用による損耗と経年変化は原状回復義務から除かれています。国交省ガイドラインのA区分に該当する損耗は貸主負担が基本です。請求書に含まれている場合は、損傷原因と負担区分を1項目ずつ確認します。精算前の確認が重要です。
通常損耗の具体例は何ですか?
壁紙の日焼けや電気焼け、家具を置いたことによる床やカーペットのへこみ、画鋲やピン程度の穴などが通常損耗に当たります。普通に生活していれば発生する範囲の損耗は、入居前の状態へ完全に戻す費用として借主に請求されるものではありません。見積書で「クロス張替え」など一式表記になっている場合は、何の損耗に対する請求か確認します。
経年劣化の具体例は何ですか?
時間の経過によって生じる壁紙や床材の自然な変色、給湯器など設備の経年劣化や自然故障、照明器具の劣化などが経年劣化に当たります。これらは貸主の維持管理責任や経年変化として整理され、借主の故意・過失がない限り借主負担にはなりません。設備故障でも、借主の使い方ではなく年数や自然故障が原因かを分けて考えます。
通常損耗を借主負担にする特約は有効ですか?
特約はすべて有効になるわけではありません。最高裁平成17年12月16日判決では、特約の必要性と合理性、借主が通常の原状回復義務を超える負担を認識していること、借主がその負担に合意していることが要件とされています。金額や範囲が曖昧な特約、相場を大きく超える特約、借主に一方的に不利な内容は争う余地があります。
払わなくていい費用を請求されたらどうしますか?
まず精算書や見積書の内訳を確認し、通常損耗や経年劣化が借主負担に含まれていないか見ます。該当項目があれば、国交省ガイドラインの別表1など具体的な根拠を示してメールで交渉します。電話だけだと記録が残りにくいため、書面で1項目ずつ指摘します。まとまらない場合は消費生活センター(188)へ相談できます。無料で相談可能です。

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