敷金返還の少額訴訟 -- 手続きの流れ・費用・準備すべき証拠

監修

賃貸リフォーム研究所 編集部

原状回復・退去費用の専門メディア

賃貸物件の原状回復・退去費用トラブルに関する正確な情報発信を行う編集チーム。国土交通省ガイドラインや民法の規定に基づき、退去者・管理会社双方の視点から解説記事を制作。

管理会社と交渉しても敷金が返ってきません。内容証明を送っても反応がありません。こうした状況に追い込まれたとき、次に検討できる法的手段が少額訴訟です。

少額訴訟は、60万円以下の金銭請求に限って利用できる簡易裁判所の手続きです(民事訴訟法368条)。弁護士に依頼しなくても本人が手続きでき、原則として1回の審理で判決が出ます。手数料も請求額に応じて1,000〜6,000円と低額で、敷金返還トラブルでは広く利用されています。

ただし、少額訴訟は最終手段です。訴訟に進む前の段階で解決するケースが大半であり、いきなり裁判所に駆け込む必要はありません。

少額訴訟を検討する前に試すこと

訴訟に踏み切る前に、段階を追って交渉を試してください。各段階で解決できれば、裁判にかかる時間と労力を省けます。

管理会社との直接交渉

出発点は、管理会社に対して精算書の内訳を確認し、不当な項目を具体的に指摘することです。

「通常損耗であるこの項目はガイドラインの別表1で貸主負担と定められている」「クロスの入居年数6年超で経年劣化控除が反映されていない」など、1項目ずつ根拠を示して指摘すると、管理会社側が精算額を見直すケースは珍しくありません。

やり取りは必ずメールで行い、記録を残してください。のちに訴訟に進む場合、交渉経緯の記録が証拠になります。交渉の具体的な方法は退去費用の交渉方法ガイドで解説しています。

消費生活センターへの相談

管理会社との直接交渉で解決しない場合、消費生活センター(消費者ホットライン 188)に相談する方法があります。センターの相談員が管理会社に対してあっせん(間に入っての調整)を行ってくれることがあり、第三者が介入することで管理会社が態度を変えるケースもあります。

相談は無料で、電話一本で利用できます。

内容証明郵便の送付

交渉やあっせんでも解決しない場合、内容証明郵便で敷金返還を正式に請求します。内容証明は「いつ・誰が・誰に・どのような内容の文書を送ったか」を郵便局が証明する制度で、法的手続きの前段階としての意思表示を明確にする効果があります。

費用は約1,500円(基本料金84円+書留480円+内容証明480円+配達証明350円、いずれも定形25g以内の場合)。電子内容証明(e内容証明)であればオンラインで手続き可能です。

内容証明の書き方は敷金返還請求書の書き方ガイドを参照してください。

内容証明を受け取ったことで管理会社が対応を見直し、返還に応じるケースは少なくありません。「法的手続きを視野に入れている」という意思が伝わるためです。

少額訴訟の基本

交渉・あっせん・内容証明のいずれでも解決しなかった場合に、少額訴訟を検討します。

利用条件

少額訴訟を利用するための条件は3つあります。

1つめは、請求額が60万円以下の金銭請求であること。敷金返還請求は金銭請求なので、返還を求める金額が60万円以下であれば対象になります。60万円を超える場合は通常訴訟となります。

2つめは、同一の簡易裁判所で年間10回以内であること。個人が敷金返還で利用する場合、この制限に引っかかることはまずありません。

3つめは、管轄の簡易裁判所に提訴すること。原則として、相手方(管理会社または貸主)の所在地を管轄する簡易裁判所です。ただし、不動産に関する紛争では物件の所在地を管轄する簡易裁判所にも提訴できます(民事訴訟法5条12号)。

通常訴訟との違い

項目少額訴訟通常訴訟(簡裁)
対象60万円以下の金銭請求140万円以下
審理回数原則1回複数回
期間申立てから1〜2ヶ月数ヶ月〜1年以上
弁護士不要(本人訴訟が一般的)任意(推奨)
控訴不可(異議申立てのみ)地裁へ控訴可
費用(手数料)1,000〜6,000円同額

少額訴訟の最大のメリットは、弁護士なし・低コスト・短期間で法的な結論を得られることです。

注意すべき点として、被告(管理会社・貸主)が少額訴訟での審理を拒否し、通常訴訟への移行を申し立てた場合、自動的に通常訴訟に移行します(民事訴訟法373条)。この場合でも請求額が140万円以下であれば簡易裁判所の管轄であり、弁護士なしで対応することは可能です。

手続きの流れと費用

必要書類

少額訴訟の提起に必要な書類を整理します。

訴状(少額訴訟用)は、裁判所のウェブサイトに書式と記載例が掲載されています。訴状には「請求の趣旨」(「金○万円を支払え」という結論)と「請求の原因」(敷金を預けた事実、退去後に不当に差し引かれて返還されない事実の経緯)を記載します。

訴状の書き方がわからない場合は、簡易裁判所の窓口で書記官に相談できます。書記官は手続きの進め方を教えてくれますが、法律上の助言(「訴えるべきか」「いくら請求すべきか」等)はできないため、そうした判断が必要な場合は法テラスの無料相談を利用してください。

訴状に添付する書類として、賃貸借契約書のコピー、敷金の預り証または振込記録のコピー、管理会社からの精算書・見積書のコピー、証拠書類(後述)のコピーを準備します。

費用

項目金額
訴え提起の手数料(収入印紙)請求額に応じて1,000〜6,000円
郵便切手(予納郵券)3,000〜5,000円程度(裁判所による)
合計4,000〜11,000円程度

手数料の目安は、請求額10万円で1,000円、20万円で2,000円、30万円で3,000円、60万円で6,000円です。裁判所のウェブサイトに手数料額の早見表が掲載されています。

勝訴した場合、訴訟費用(印紙代・郵券代)を被告に負担させる判決を求めることができます。

提訴から判決までの流れ

提訴後、裁判所が期日を指定し、被告に訴状の副本が送達されます。

審理当日の進行は次のようになります。裁判官がまず双方の主張を聴取し、証拠を確認します。敷金返還訴訟の場合、裁判官は精算書の内容とガイドラインを照らし合わせ、各項目の妥当性を判断します。

審理の中で裁判官が和解を勧告するケースが多いのが少額訴訟の特徴です。「敷金の○割を返還する」という形の和解案が示され、双方が合意すれば和解調書が作成されます。和解調書は確定判決と同じ法的効力を持ちます(民事訴訟法267条)。

和解が成立しない場合はその場で判決が言い渡されます。

証拠の準備

少額訴訟は1回の審理で結論が出るため、当日までに証拠を過不足なく揃えておくことが勝敗を左右します。

揃えるべき証拠

賃貸借契約書(原本またはコピー)は、契約条件・特約の内容を示す基本的な証拠です。敷金の金額、特約の有無と内容が記載されています。

敷金の預り証・領収書・振込記録は、敷金を実際に預けた事実を証明するために必要です。

管理会社の精算書・見積書は、差し引かれた金額と項目を示すものです。この精算書の各項目がガイドラインに照らして妥当かどうかが争点になります。

入居時の部屋の写真があれば、「入居前からあった傷や汚れ」を証明する有力な証拠になります。退去時の部屋の写真と対比することで、借主の使用に起因する損耗かどうかを客観的に示せます。

管理会社とのやり取りの記録(メール、内容証明の控え)は、交渉を経ても解決しなかった経緯を示す証拠です。

国交省ガイドラインの該当ページは、通常損耗や経年劣化控除の基準を示す根拠資料として提出します。ガイドラインは法律ではありませんが、裁判所は判断の基準として広く参照しています。

入居時の写真がない場合

入居時の写真がなくても訴訟は提起できます。管理会社の精算書に記載された項目ごとに、ガイドラインの基準を引用して「この項目は通常損耗であり貸主負担である」「経年劣化控除が適用されていない」と主張することで認められるケースがあります。

ただし、写真があるほうが圧倒的に有利です。退去前であれば、部屋の状態を撮影しておくことを強くすすめます。

判決後の対応

和解・判決に基づく返還

和解が成立した場合、または判決で返還が認められた場合、管理会社(または貸主)は和解調書・判決に記載された金額を支払う義務を負います。任意に支払われれば手続きは完了です。

異議申立てと通常訴訟への移行

少額訴訟の判決に対しては控訴ができません。ただし、判決に不服がある当事者は、判決書の送達日から2週間以内に異議を申し立てることができます(民事訴訟法378条)。異議が申し立てられると、同じ簡易裁判所で通常の審理が行われます。

相手が支払いに応じない場合

判決が出ても相手が支払いに応じない場合は、強制執行を申し立てることができます。敷金返還のケースでは、管理会社の銀行口座に対する債権差押え(預金の差押え)が一般的な方法です。

強制執行の申立てには執行文の付与を受ける必要があり、別途手数料がかかります。相手に支払い能力がある限り、強制執行によって回収は可能です。

通常訴訟に最初から移行されたケース

被告が少額訴訟での審理を拒否した場合、最初から通常訴訟として進みます。この場合、審理回数は増え、期間も長くなりますが、請求額が140万円以下であれば簡易裁判所の管轄であるため、弁護士を立てなくても対応できます。

弁護士への相談が必要かどうか迷う場合は、法テラス(0570-078374)の無料法律相談を利用してください。収入要件を満たせば弁護士費用の立替制度(民事法律扶助)も利用できます。

少額訴訟に進む前に確認すること

少額訴訟は有力な手段ですが、万能ではありません。提訴前に以下の点を確認してください。

返還を求める金額が60万円を超える場合は少額訴訟の対象外です。通常訴訟になるため、弁護士への相談を検討してください。

管理会社が法人の場合、登記簿上の本店所在地を管轄する簡易裁判所が管轄になります(物件所在地での提訴も可能です)。法人の登記情報は法務局の「登記情報提供サービス」でオンライン取得できます。

また、相手方が少額訴訟を拒否すれば通常訴訟に移行するため、1回で終わらない可能性があることも織り込んでおいてください。

敷金が返ってこない場合の全体的な対処法は敷金が返ってこないときの対処法で解説しています。退去費用全般の確認ポイントは退去費用が高いと感じたときの対処法を参照してください。

出典: 民事訴訟法368条(少額訴訟の要件)、民事訴訟法373条(通常訴訟への移行)、民事訴訟法378条(異議)、民法622条の2(敷金)、国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」(2011年8月)


退去費用の請求内容が適正かどうか確認したい方は、賃貸リフォーム研究所の無料見積もりをご利用ください。部位別の単価を明示した見積書で、敷金精算の妥当性を確認できます。

出典・参考文献

よくある質問

敷金返還で使う少額訴訟とは何ですか?
少額訴訟は、60万円以下の金銭請求に限って利用できる簡易裁判所の手続きです。敷金返還請求は金銭請求なので、返還を求める額が60万円以下なら対象になります。弁護士に依頼せず本人で進めることも多く、原則として1回の審理で判決が出る点が通常訴訟との大きな違いです。手数料も請求額に応じた低額です。敷金返還で使われる手段です。
敷金返還で少額訴訟を使うタイミングはいつですか?
少額訴訟はいきなり使う手段ではなく、管理会社との直接交渉、消費生活センターへの相談、内容証明郵便での正式な請求を試しても解決しない場合に検討します。精算書の内訳を確認し、通常損耗や経年劣化控除の未反映を具体的に指摘しても返還されないときの最終手段として位置づけます。交渉経緯も証拠になります。メールで残すことが重要です。
少額訴訟に必要な書類は何ですか?
少額訴訟用の訴状に、賃貸借契約書のコピー、敷金の預り証または振込記録、管理会社からの精算書や見積書、証拠書類のコピーを添付します。証拠としては入居時と退去時の写真、管理会社とのメール、内容証明の控え、国交省ガイドラインの該当ページが役立ちます。書き方は簡易裁判所の窓口でも確認できます。原本も当日に備えます。
少額訴訟の費用と期間はどれくらいですか?
訴え提起の手数料は収入印紙で1,000〜6,000円、郵便切手は3,000〜5,000円程度が目安です。請求額10万円なら印紙1,000円、60万円なら6,000円とされています。申立てから判決までは1〜2ヶ月程度が目安で、審理は原則1回です。ただし相手が通常訴訟への移行を求めると期間は長くなります。
勝訴や和解後に相手が支払わない場合はどうなりますか?
和解調書や判決に基づいて相手が任意に支払えば手続きは完了します。支払いに応じない場合は、強制執行を申し立てることができます。敷金返還では、管理会社や貸主の銀行口座に対する債権差押えが一般的な方法です。強制執行には執行文の付与や別途手数料が必要になります。相手に支払い能力があれば回収可能です。判決後の対応も準備します。

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