原状回復はどこまで借主負担?画鋲・タバコ・ペット・家具跡の判定表【国交省基準】

監修

賃貸リフォーム研究所 編集部

原状回復・退去費用の専門メディア

賃貸物件の原状回復・退去費用トラブルに関する正確な情報発信を行う編集チーム。国土交通省ガイドラインや民法の規定に基づき、退去者・管理会社双方の視点から解説記事を制作。

「原状回復ってどこまでやればいいの?」――賃貸物件の退去が近づくと、多くの借主が抱える疑問です。壁に空けた画鋲の穴は請求されるのか、家具の跡はどうか、タバコを吸っていた場合はどうなるのか。曖昧なまま退去日を迎えると、見積書の金額に驚くことになりかねません。

結論から言うと、「普通に住んでいて自然に生じた汚れや傷」は貸主が負担し、「借主の故意・過失で生じた損耗」だけが借主の負担です。この線引きは国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」で明確に示されています。

この記事では、ガイドラインが定める負担区分の原則を整理したうえで、壁・天井、床、水回り、設備の部位ごとに「借主負担になるもの」と「ならないもの」を具体的に解説します。画鋲・タバコ・ペット・家具跡・結露カビ・カーテンレール穴・キャスター傷・引っ越し傷・鍵紛失・水漏れ放置など、退去時に問題になりやすい20ケースを判定表で網羅しました。

原状回復の「どこまで」を決める2つの原則

原則1. 通常損耗と経年劣化は貸主負担

国交省ガイドラインでは、損耗を次のように区分しています。

A区分(貸主負担)は、経年変化と通常の使用による損耗です。日焼けによる壁の変色、冷蔵庫やテレビの背面にできる電気ヤケ、家具を置いていた床のへこみなどが該当します。これらの修繕費用は月々の賃料に含まれているという考え方です。

B区分(借主負担)は、借主の故意・過失、善管注意義務違反、通常の使用方法を超える使用による損耗です。タバコのヤニ汚れ、ペットによる柱や壁の傷、飲み物をこぼしてシミになった床などが該当します。

「原状回復」という言葉から「入居前の状態に完全に戻す」と誤解されがちですが、ガイドラインの定義はそうではありません。2020年に改正された民法621条でも「通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く」と明記されており、通常損耗の原状回復義務は借主にないことが法律上も確認されています。

ガイドラインの全体像と成り立ちは国交省ガイドライン解説で詳しく解説しています。

原則2. 借主負担にも経年劣化控除が適用される

B区分に該当する損耗であっても、借主が修繕費用の全額を負担するとは限りません。設備や内装には耐用年数が設定されており、入居年数に応じて借主の負担割合が下がります。

たとえばクロス(壁紙)の耐用年数は6年です。入居4年で退去した場合、残存価値は約33%となり、クロス張替え費用が5万円でも借主の負担額は約1.7万円です。入居6年を超えると残存価値は1円(実質ゼロ)になり、借主がクロス張替え費用を負担する必要はほぼなくなります。

耐用年数と負担割合の計算方法は原状回復の負担割合ガイドにまとめています。

部位別の判定基準 — 壁・天井

壁と天井は退去費用の中でも金額が大きくなりやすい部位です。クロス張替えの費用相場は1m2あたり850〜1,200円程度で、部屋全体の壁・天井を張り替えると数万〜十数万円に達します。

貸主負担になるもの

日焼けによるクロスの変色は通常損耗です。南向きの窓際で壁紙が色あせていても借主の責任ではありません。テレビや冷蔵庫の裏側にできる黒ずみ(電気ヤケ)も同様です。家電の放熱による変色は通常の使用範囲内とされています。

画鋲やピンの穴については、ガイドラインは「下地ボードの張替えが不要な程度」であれば通常損耗としています。カレンダーやポスターを画鋲で留めていた程度の穴は、借主の負担にはなりません。

壁に貼ったポスターや絵画の跡も、日焼けによるものであれば通常損耗です。

カーテンレールの取り付け穴は、入居時から付いていたレールの位置の穴であれば通常損耗です。借主が新しくレールを追加・移設するために空けた穴は、本数・サイズによって借主負担になることがあります。

借主負担になるもの

タバコのヤニ汚れは「通常の使用による結果とはいえない」とガイドラインに明記されています。ヤニは天井を含む居室全体に広がるため、当該居室のクロス全面張替えが借主負担となるケースが多くなります。

釘穴やネジ穴で下地ボードを損傷した場合は借主負担です。画鋲の穴とは異なり、下地の修繕が必要になります。

落書き、結露を放置して広がったカビ、子どもやペットによる傷も借主負担の対象です。

クロス張替え費用の詳しい相場はクロス張替え費用ガイドで確認できます。

部位別の判定基準 — 床

貸主負担になるもの

家具を設置していた場所にできる床のへこみや跡は、通常損耗です。本棚やベッド、ソファーなどの重量のある家具を長期間置いていた場合にフローリングやカーペットにへこみができるのは避けられないことであり、ガイドラインでも貸主負担と明記されています。

日焼けによるフローリングの色あせも通常損耗です。窓際の床が変色していても借主の負担にはなりません。

畳の表替え(畳表の張替え)は、通常の使用による色あせや擦り減りであれば貸主負担が原則です。

借主負担になるもの

飲み物や食べ物をこぼして放置し、シミになった場合は善管注意義務違反にあたります。こぼした直後に拭き取るのが通常の手入れであり、放置はその範囲を超えます。

キャスター付きの椅子でフローリングに傷をつけた場合、その傷は借主負担です。フローリングの部分補修には経過年数の考慮が適用されない点に注意してください。傷が1〜2箇所で部分補修が可能な場合、入居年数に関係なく補修費用の全額が借主負担となります。

引っ越し作業で生じた傷も借主負担です。重い家具を引きずった跡や、物を落として凹んだ箇所などが該当します。

ペットの爪による傷やペットの尿が染み込んだ箇所は、広範囲に及ぶと全面張替えが必要になることもあります。

フローリングの補修費用と負担ルールはフローリング補修費用ガイドで解説しています。

部位別の判定基準 — 水回り(キッチン・浴室・トイレ)

貸主負担になるもの

キッチンのコンロ置き場の油汚れは、通常の調理で生じたものであれば通常損耗です。浴室のパッキンやシーリングの経年劣化も貸主負担が基本となります。

設備そのものの故障で、借主の使い方に問題がなかった場合も貸主負担です。給湯器の寿命による故障やトイレのタンク内部品の劣化などが典型例です。

借主負担になるもの

浴室やキッチンの水垢・カビを長期間清掃せず放置して、通常のクリーニングでは除去できない状態にした場合は善管注意義務違反です。日常的な清掃を怠った結果としてカビが壁面に広がった場合、その除去費用は借主負担になります。

排水口にゴミを詰まらせて水漏れを起こした場合も借主の過失です。水漏れを発見しながら管理会社に報告せず放置した場合は、被害が拡大した分の修繕費用も借主が負担します(民法400条、善管注意義務)。

便器に異物を流して詰まりや破損を生じさせた場合も借主負担です。

部位別の判定基準 — 設備・建具

貸主負担になるもの

エアコン、給湯器などの設備は耐用年数に応じて経年劣化します。通常の使用で故障した場合の修理・交換費用は貸主負担です。

網戸の経年による変色やゆるみ、鍵の経年による動作不良も通常損耗に分類されます。

借主負担になるもの

エアコンのフィルター清掃を長期間怠ったことでカビが発生した場合や、正しくない使い方で設備を壊した場合は借主負担です。

ドアの蝶番を壊した、窓ガラスを割った、鍵を紛失したといった場合も借主負担になります。鍵の紛失については、シリンダー交換費用が請求されるのが一般的です。

よくあるケース別の判定一覧

退去時に問題になりやすいケースを、借主負担か貸主負担かで整理します。

ケース判定根拠
画鋲・ピンの穴(下地損傷なし)貸主負担通常損耗。下地ボード張替え不要な程度は許容
釘・ネジの穴(下地ボード損傷あり)借主負担通常の使用を超える。下地の修繕が必要
日焼けによる壁・床の変色貸主負担自然現象による経年変化
タバコのヤニ汚れ借主負担通常の使用による結果とはいえない(ガイドライン明記)
家具の設置跡・へこみ貸主負担通常の住まい方で避けられない損耗
冷蔵庫・テレビ裏の電気ヤケ貸主負担家電の放熱による通常損耗
ポスター・絵画跡の日焼け差貸主負担自然な経年変化
カーテンレールの既設穴貸主負担入居時の状態のため通常損耗
カーテンレールの追加・移設穴借主負担借主が空けた穴は本数・サイズで負担対象
ペットによる傷・におい借主負担ペット可物件でも損傷は借主が負担
結露放置によるカビ借主負担善管注意義務違反。適切な換気・清掃を怠った
引っ越し時の傷(壁・床)借主負担注意を怠ったことによる損耗
キャスター付き椅子による床傷借主負担通常使用を超える。経過年数控除なし
飲み物のシミ放置借主負担善管注意義務違反。すぐに拭き取るべき
子どもの落書き・クレヨン跡借主負担善管注意義務違反
鍵の紛失(シリンダー交換要)借主負担紛失分のシリンダー交換費用
鍵の経年による動作不良貸主負担経年劣化
水漏れ発見後の報告放置借主負担被害拡大分は民法400条で借主負担
網戸の経年変色貸主負担経年劣化
エアコン故障(通常使用)貸主負担設備の経年劣化
エアコンのフィルター掃除を怠ったカビ借主負担善管注意義務違反

各部位の修繕費用は費用データベースで相場を確認できます。耐用年数による減額は耐用年数データベースのデータを活用してください。

特約がある場合はどうなるか

契約書に「ハウスクリーニング費用は借主負担とする」「退去時に鍵交換費用を借主が負担する」などの特約が記載されていることがあります。

ガイドラインでは、特約が有効とされるためには3つの要件を挙げています。(1)特約の必要性があり、暴利的でない等の客観的・合理的理由が存在すること、(2)借主が特約によって通常の原状回復義務を超えた修繕義務を負うことを認識していること、(3)借主が特約による義務負担の意思表示をしていること。

退去時にクリーニング費用を請求された場合、特約に記載があり、入居時に説明を受けて合意していたのであれば、原則として支払い義務が生じます。ただし、金額が相場と比べて著しく高額な場合は消費者契約法10条に基づいて争う余地があります。

クリーニング特約の有効性と注意点はクリーニング特約ガイドで詳しく解説しています。

退去費用を不当に請求されたときの対処法

退去後に届いた見積書を確認し、通常損耗が借主負担にされている、経年劣化控除が反映されていない、張替え範囲が過大であるといった問題が見つかった場合は、以下の手順で対応してください。

見積書の明細を取り寄せる

「原状回復費用 一式 〇万円」としか書かれていない場合は、部位別・単価別の内訳を管理会社に依頼してください。明細がなければ妥当性の判断ができません。

ガイドラインを根拠に項目単位で指摘する

見積書の各項目をガイドラインの負担区分と照合し、問題のある項目を具体的に伝えます。「画鋲の穴はガイドラインで通常損耗とされている」「クロスの耐用年数は6年であり入居5年の場合は17%しか負担しない」など、項目ごとに根拠を示すのが効果的です。やり取りはメールなど記録が残る形で行ってください。

交渉の具体的な進め方は退去費用の交渉方法ガイドにまとめています。

第三者機関に相談する

管理会社との話し合いがまとまらない場合は、消費生活センター(消費者ホットライン 188)に相談してください。退去費用トラブルの相談は無料で、あっせん(間に入って交渉)をしてもらえるケースもあります。

敷金の返還請求額が60万円以下であれば少額訴訟も選択肢になります。少額訴訟の詳しい手順は敷金返還の少額訴訟ガイドを参照してください。

退去前にやっておくべきこと

退去時のトラブルを避けるために、引っ越し前にできる準備があります。

入居時の写真を残しておくと、退去時に「この傷は入居前からあった」と主張する根拠になります。日付入りで撮影し、管理会社と共有しておくのが理想です。

契約書と重要事項説明書を改めて読み返し、特約の有無と内容を確認してください。クリーニング費用や鍵交換費用の特約があるかどうかで退去費用は変わります。

退去の立会い時には、管理会社の担当者と一緒に室内を確認し、損耗箇所について「これは入居前からの傷である」「これは通常損耗である」といった認識の共有を行ってください。その場で写真を撮っておくことも有効です。

借主負担額が大きくなる典型パターン

退去費用が高額になりがちなのは、以下のいずれかに当てはまるケースです。事前に把握しておくと、入居中の対策で負担を抑えられます。

タバコの喫煙は、当該居室のクロス全面張替えが借主負担となるケースが多く、ワンルームでも数万円〜、複数居室では十数万円規模まで膨らみます。室内禁煙の物件で吸っていた場合、特約違反として割増請求の対象になることもあります。

ペット飼育は、ペット可物件であっても柱・壁・床の損傷は借主負担です。フローリングの引っかき傷、尿染みによるシミ、臭いの染み付きが広範囲に及ぶと、部屋全体の張替えが発生し、10万円以上になるケースもあります。

結露を放置してカビを広げた場合は、クロスだけでなく下地ボードまで損傷が及び、補修範囲が大きくなります。日常の換気と早期発見が経済的にも有利です。

水漏れの放置は、被害が階下住戸まで及ぶと損害賠償の問題に発展します。発見した時点で管理会社へ連絡することが、被害拡大を防ぐうえで最も重要です。

経年変化・通常損耗・善管注意義務違反の用語整理

ガイドラインや見積書でよく使われる3つの用語を正確に押さえておくと、判定の根拠を理解しやすくなります。

経年変化は、時間の経過によって自然に生じる劣化です。日焼けによる変色、設備の自然な動作不良、コーキングの劣化などが該当します。月々の賃料に含まれている修繕費の対象であり、貸主負担が原則です。

通常損耗は、通常の住まい方で避けられない損耗です。家具の設置跡、家電の放熱による電気ヤケ、生活動線での軽い摩耗などが含まれます。経年変化と合わせてA区分(貸主負担)に整理されます。

善管注意義務違反は、善良な管理者として通常期待される注意を怠ったことを指します(民法400条)。結露を放置してカビを広げた、水漏れを発見して報告しなかった、清掃を長期間怠った、といったケースが典型例で、いずれも借主負担になります。

出典: 国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」(2011年8月)、民法400条(善管注意義務)、民法621条(賃借人の原状回復義務)


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出典・参考文献

よくある質問

原状回復はどこまで借主負担になりますか?
民法621条と国交省ガイドラインに基づき、借主負担となるのは故意・過失や善管注意義務違反、通常の使用方法を超える使用による損耗だけです。タバコのヤニ汚れ、ペットによる傷、結露放置によるカビ、引っ越し時の傷などが該当します。一方、日焼けによる変色、家具設置跡のへこみ、家電裏の電気ヤケなどの通常損耗・経年劣化は貸主負担で、入居前の状態に完全に戻す義務はありません。
通常損耗・経年劣化は誰の負担ですか?
貸主負担です。2020年改正の民法621条で「通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く」と明記され、通常損耗の原状回復義務が借主にないことが法律上も確認されています。これらの修繕費用は月々の賃料に含まれているという考え方で、ガイドラインでもA区分として貸主負担に整理されています。退去精算で借主負担にされていれば減額交渉の根拠になります。
ガイドライン上の判断基準はどう整理されていますか?
国交省ガイドラインは損耗をA区分(経年変化・通常使用による損耗、貸主負担)とB区分(借主の故意・過失・善管注意義務違反による損耗、借主負担)に分けています。B区分でもクロスのように耐用年数が定められた部材は経年劣化控除を反映し、入居年数に応じて借主の負担割合が下がります。クロスなら耐用年数6年で、入居6年超は残存価値1円となり借主負担はほぼゼロです。
特約がある場合はどう判断しますか?
ガイドラインは特約有効の3要件として、特約の必要性と暴利的でない合理的理由、借主が通常の原状回復義務を超えた負担を認識していること、借主が義務負担の意思表示をしていることを挙げています。クリーニング費や鍵交換費の特約に金額が明記され、入居時に説明を受けて合意していれば原則有効ですが、相場と比べて著しく高額な場合は消費者契約法10条で争う余地があります。
借主負担となる典型例を教えてください。
タバコのヤニ汚れ(居室全体への影響)、ペットによる柱や壁の傷、結露放置によるカビ、釘やネジで下地ボードを損傷した穴、飲み物のシミ放置、キャスター付き椅子による床傷、引っ越し時の家具引きずり傷、鍵紛失によるシリンダー交換などが該当します。フローリングの部分補修は経過年数の考慮が適用されないため、傷が1〜2箇所なら入居年数に関係なく補修費用全額が借主負担になる点に注意します。

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