大家都合の退去で原状回復費用は誰が払う?借主負担が免除される範囲

大家都合で退去を求められたとき、立ち退き料の金額に目が向きがちですが、原状回復費用の扱いも同じくらい重要です。せっかく立ち退き料で合意しても、退去後にクロス張替え、クリーニング、設備補修を敷金から差し引かれると、実際に手元へ残る金額が大きく変わります。

大家都合退去でも、民法621条の原状回復義務が自動的に消えるわけではありません。一方、取り壊しや建替えを理由に退去するなら、退去後に内装を補修する実益は乏しく、原状回復免除を求める合理性があります。結論は、退去理由と建物のその後、損傷の性質、合意書の書き方で変わります。

この記事では、大家都合退去時の原状回復負担を、取り壊し、建替え、自己使用などの場面に分けて整理します。取り壊し通知後の退去手続きは賃貸物件の取り壊し退去も参考にしてください。

大家都合退去の典型パターン

大家都合退去とは、借主側の家賃滞納や契約違反ではなく、貸主側の事情で退去を求められる場面を指します。典型例は、建物の取り壊し、建替え、大規模改修、貸主や親族の自己使用、土地売却、用途変更です。

普通借家契約では、貸主からの解約申入れには借地借家法27条の6ヶ月前通知が必要です。さらに同法28条により、更新拒絶や解約申入れには正当事由が必要です。正当事由は、貸主と借主双方が建物を必要とする事情、賃貸借の経過、建物の現況、立ち退き料などを総合して判断します。

この枠組みは、立ち退き料だけでなく原状回復交渉にも影響します。貸主都合で退去してもらう以上、通常の退去と同じように借主へ広く原状回復費を請求するのは、交渉上受け入れにくいことが多いからです。大家都合の立ち退き料全般は大家都合の立ち退き料相場で扱っています。

原状回復義務の原則と例外

民法621条は、借主が賃借物を受け取った後に生じた損傷について、通常損耗と経年変化を除き、原状回復義務を負うと定めています。国交省ガイドラインも、通常の使用による損耗や経年劣化は貸主負担、借主の故意・過失や通常使用を超える損耗は借主負担と整理しています。

したがって、大家都合退去でも、通常損耗・経年劣化が借主負担になるわけではありません。家具設置跡、日焼け、通常使用による壁紙の変色、設備の自然な劣化は、通常の退去と同じく貸主負担が基本です。

一方、借主の故意・過失による損傷は、理屈の上では借主負担になり得ます。壁に大きな穴を開けた、ペット禁止物件で柱を傷つけた、結露を長期間放置してカビを拡大させた、残置物を大量に置いたといったケースです。

問題は、貸主都合退去では「補修する必要が本当にあるのか」という点です。退去後に取り壊すなら、損傷箇所を直す工事は行われません。建替えや全面改修でも、既存内装を撤去するなら同じです。この場合、原状回復費用を請求する合理性は弱くなります。

取り壊し前提の場合の原状回復免除

取り壊しが確定している場合は、原状回復免除を最も交渉しやすい場面です。クロスを張り替えても、床を補修しても、その後すぐ建物を解体するなら工事の意味がありません。貸主側にとっても、原状回復費をめぐって争うより、退去を円滑に進める方が利益になります。

ただし、口頭で「どうせ壊すので大丈夫」と言われただけでは不十分です。退去後に別の担当者や管理会社が通常精算を行い、クリーニング費や修繕費を差し引くことがあります。合意書には、原状回復費用を請求しないこと、敷金を全額返還すること、残置物がある場合の扱いを明記します。

残置物には注意が必要です。家具や家電を置いてよいのか、粗大ごみ処分費は誰が負担するのかを決めておかないと、後で処分費を請求されます。取り壊しだから何を置いてもよい、とは限りません。

建替え予定でも修繕する場合の負担

建替えや大規模改修といっても、すぐ全てを解体するとは限りません。一部住戸を再利用する、退去後しばらく別用途で使う、売却前に最低限の補修をする場合は、原状回復費用が問題になることがあります。

この場合でも、通常損耗・経年劣化は貸主負担です。借主負担になり得るのは、故意・過失や通常使用を超える損傷です。さらに、補修範囲は損傷箇所に限られるのが基本で、部屋全体の新品交換費を当然に負担するわけではありません。クロスや設備では経過年数の考慮も問題になります。

貸主側が「建替え前に補修が必要」と主張するなら、何を、いつ、どの範囲で補修するのかを確認します。見積書だけでなく、実際に補修する予定があるのかも重要です。補修せず取り壊すのに見積額だけ請求するのは、交渉上強く争うべきです。

立ち退き料に原状回復費用を含める交渉

大家都合退去では、立ち退き料、引越し費用、新居初期費用、敷金返還、原状回復免除を一体で交渉します。借地借家法28条では、立ち退き料その他の財産上の給付が正当事由の判断要素になります。原状回復免除も、借主側の退去条件として重要です。

合意書で避けたいのは、「立ち退き料として30万円を支払い、その他一切を清算する」という抽象的な文言だけで終えることです。この書き方だと、敷金返還や原状回復費用が立ち退き料に含まれるのか、別なのかが曖昧になります。

書くべき内容は、立ち退き料の金額と支払日、敷金の返還額と返還日、原状回復費用を請求しないこと、未払い賃料がある場合の精算、残置物の処理、退去後の追加請求をしないことです。交渉の実務は立ち退き交渉の進め方も参考になります。

通常損耗・経年劣化・故意過失の区別は変わらない

大家都合退去だからといって、通常損耗と故意過失の区別が消えるわけではありません。この区別を理解しておくと、貸主側から一部費用を請求されたときに判断しやすくなります。

通常損耗は、通常の生活で避けられない傷や汚れです。家具跡、日焼け、家電裏の電気ヤケ、通常使用による設備劣化などです。経年劣化は時間の経過による価値低下です。これらは賃料に含まれるという考え方で、借主負担ではありません。

故意・過失の損傷は、借主の使い方や管理不足によるものです。タバコのヤニ、ペット傷、飲み物のシミ放置、引越し時の大きな傷などです。ただし、取り壊し予定なら、故意過失の損傷であっても補修費として請求する実益があるかは別に検討します。原状回復の基本線は原状回復はどこまで借主負担かで確認できます。

書面合意の取り方

最終的には、退去合意書や覚書にまとめます。メールでも一定の証拠になりますが、金額が大きい場合は署名押印付きの書面が望ましいです。最低限、物件名、貸主・借主、退去日、鍵返却日、立ち退き料、敷金、原状回復、残置物、追加請求の有無を入れます。

原状回復については、「貸主は、本件退去に関し、借主に対して原状回復費用、ハウスクリーニング費用その他これに類する費用を請求しない」と具体的に書きます。敷金は「未払い賃料がないことを条件に全額返還する」など、条件があるなら明確にします。

借主側も、公共料金の精算、郵便転送、火災保険解約、鍵返却、残置物処理を忘れないようにします。大家都合退去では、条件がまとまれば終わりではなく、支払いと明渡しが同じタイミングで安全に実行される設計が必要です。

敷金返還と原状回復免除を分ける理由

大家都合退去の合意書では、敷金返還と原状回復免除を別の条項にします。敷金は民法622条の2に基づく担保金の精算であり、立ち退き料とは性質が違います。原状回復費用を請求しないなら、敷金から差し引く理由も基本的にはなくなります。

ところが、「立ち退き料を支払うので敷金は返さない」「敷金は精算後に返す」とだけ書かれると、退去後にクリーニング費や補修費を控除される余地が残ります。借主側は、立ち退き料、敷金返還、原状回復免除をそれぞれ確認してください。

たとえば、立ち退き料40万円、敷金8万円、原状回復免除で合意するなら、「貸主は借主に立ち退き料40万円を支払う」「貸主は敷金8万円を返還する」「貸主は原状回復費用およびハウスクリーニング費用を請求しない」と分けて書きます。これにより、後から立ち退き料に敷金が含まれていたという主張を避けやすくなります。

未払い賃料や水道代がある場合は、別途控除項目として書きます。借主が支払うべきものまで免除されるとは限りません。重要なのは、控除される項目とされない項目を退去前に確定させることです。

管理会社経由で合意する場合の注意

退去交渉は管理会社が窓口になることが多いですが、契約の相手方は貸主です。管理会社の担当者が「原状回復は不要です」と言っても、貸主の承諾が明確でないと、後で精算部門や貸主本人から請求されることがあります。

合意書には貸主名を入れ、貸主または正当な代理権を持つ管理会社が署名押印します。管理会社が代理で署名する場合は、貸主から委任を受けていることが分かる形が望ましいです。少なくとも、メールで貸主承諾済みであることを残します。

また、管理会社の担当変更にも備えます。退去日まで数ヶ月ある場合、途中で担当者が変わることがあります。条件をメール本文だけに散らすのではなく、最終条件を1通にまとめ、「この内容で貸主様の承諾を得ているとの理解でよいか」と確認します。

退去後の追加請求を避けるには、鍵返却時にも合意書の写しを持参し、立会い確認書に費用承認の文言がないか確認します。立会い書類が合意書と矛盾する場合は、その場で署名せず、修正を求めてください。

請求されたときの反論の組み立て方

大家都合退去なのに原状回復費を請求された場合は、三段階で反論します。第一に、その損耗が通常損耗・経年劣化ではないかを確認します。通常損耗なら、大家都合かどうかに関係なく借主負担ではありません。

第二に、故意・過失の損傷だとしても、補修の実益があるかを確認します。取り壊しや内装撤去が決まっているなら、見積額をそのまま損害として請求できるのかは疑問が残ります。「当該補修工事を実施する予定、実施時期、解体予定との関係をご説明ください」と尋ねます。

第三に、退去合意の内容を確認します。立ち退き料の合意時に原状回復免除を口頭で確認していた、メールで「請求しない」と言われていた、敷金全額返還と説明されていた場合は、その履歴を示します。書面がない場合でも、やり取りの履歴は交渉材料になります。

支払う可能性がある項目が残る場合は、全否定せず分けて対応します。未払い賃料や残置物処分費など明確なものは認め、通常損耗や取り壊し前提の補修費は争う、という整理です。争点を分けるほど、減額交渉や第三者相談に進みやすくなります。

退去後に請求書が届いたら、支払期限だけで判断せず、合意書、立会い書類、退去時写真を照合します。合意書に追加請求しない旨があるなら、その条項を引用して回答します。合意書がない場合でも、貸主都合で退去した経緯と、補修予定の有無を確認するところから始めます。

支払う前に「この支払いで全精算となるか」も確認します。追加請求の余地を残したまま払うと、同じ退去で争いが続くことがあります。

出典・参考

よくある質問

大家都合で退去する場合の原状回復はどうなりますか?
大家都合の退去でも、民法621条の原状回復義務が当然に消えるわけではありません。ただし、取り壊しや建替えのために退去する場合、退去後に補修する実益が乏しいため、借主負担を免除する交渉余地が大きくなります。通常損耗・経年劣化はもともと貸主負担であり、故意・過失の損傷も含めて免除するなら合意書に明記する必要があります。
取り壊し予定なら借主負担はゼロですか?
取り壊しが確定しているなら、クロス張替えや床補修など通常の原状回復費用を請求する合理性は弱くなります。ただし、借主が退去直前に設備を壊した、残置物を大量に放置した、危険な状態を作ったなどの事情があると、別途費用負担が問題になることがあります。ゼロと決めつけず、原状回復免除、残置物処理、敷金返還の範囲を書面で合意します。
立ち退き料に原状回復費用も含めて交渉できますか?
交渉できます。大家都合の退去では、立ち退き料、敷金返還、原状回復免除、引越し費用、新居初期費用をまとめて条件化するのが実務的です。ただし、「立ち退き料にすべて含む」とだけ書くと、後で敷金や原状回復費の扱いが曖昧になります。合意書では、立ち退き料の金額とは別に、原状回復費用を請求しないこと、敷金返還額、支払日を明記します。
故意過失の損傷はどう扱われますか?
大家都合退去でも、借主の故意・過失による損傷は民法621条上の原状回復義務の対象になり得ます。たとえば故意に設備を破損した、ペット禁止物件で大きな損傷を出した、残置物処分費が発生した場合です。ただし、取り壊し予定で補修しないなら、損害として請求できる範囲は争点になります。免除する損傷と、例外的に借主負担とする損傷を合意書で分けてください。
書面で合意すべきポイントは何ですか?
退去日、鍵返却日、立ち退き料の金額と支払日、敷金返還額、原状回復費用を請求しないこと、残置物の扱い、公共料金や未払い賃料の精算、退去後に追加請求しないことを入れます。特に原状回復は、口頭で免除と言われても退去後に精算担当が請求することがあります。「本件退去に関し、貸主は借主に原状回復費用を請求しない」と明記します。

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